ブログ「ゆめのきせき」について

2016.12.31(Sat)

201209010544000.jpg

Welcome to my weblog!
はじめまして ようこそ!

このブログの著者は、日本の神奈川県横須賀市に住む、
奇跡のコース(A Course in Miracles)の学習者、美和子(Miwako)と申します。

これは、奇跡のコースを学ぶ道の途中で
書き留めたくなったことを書くブログです。


過去記事にさかのぼってのコメント、またはシェアリングは、大歓迎です♪

美和子


スポンサーサイト

Category: ■このブログについて

00:00 | Comment(0) | Trackback(-) | EDIT

【夢のシェア】 夢見を使い 情熱に再点火

2016.06.06(Mon)



マジカルミラクル
Magical Miracle (横須賀 ヴェルニ-公園)


『赦すということは、過去に自分が与えた愛ある想念や、
自分に与えられた愛ある想念のみを思い出すことに他ならない。
その他のすべては忘れるべきものである』


(奇跡講座/中央ア-ト出版社 p469より引用、 第17章 赦しと神聖な関係 Ⅲ-1,2)




夢見を使って 「過去に一旦離れたものと 再会・和解する」
ということを試みてみた。

眠る前に 離れた人・ものごとを思いめぐらせて寝る。
過去を本当のものとして振り返る というよりも
「こんなことがあった」と思っていることを確認してみるような感じ。

夢には何が出てくるかな?と楽しみにしていた。
今 再び出会って どう感じるか何を思うか・・・
夢に出てくる「離れたもの」は どんな人間関係か 
関わっていた何かのものごとか。



夢は 3つほど見た。

1.トイレに向かって歩いていて 
 緑色・黄色・白のまだらの 茄子のような瓜のような実を拾う。
 めずらしいものだと手に取って 持ち帰るつもりでいる。
 すると いつの間にいた 背が高い中学の時のクラスメイトの男子が
 それを上からひょいと取り 別の同じ実をわたしの手に置く。
 実には わたしの名前が彫ってある。
 「これがお前のだよ」と渡されて「そうなの?」と 
 素直に左手で受け取っている。


    その男子とは親しくはなく 夢に見るまで忘れていた。
    賢く とぼけた雰囲気で 表情・態度からは本心がよくわからなく
    いつも何かボヤいていた印象がある。
    何の疑いもなく 素直に受け取るわたしの無邪気な感じが印象的な夢。

2. 大学4年生の4月に 英語の講読の講義を受けている。
 「この科目を受講登録しなくては」と
 学生部の事務室に向かっている。


    この講義は 専攻の必修科目だった。英語の原書を読むクラス。    
 
3.癒しイベントの会場にいる。
 わたしは
 「色々な人が色々なツ-ルでヒ-リングをするけれど
 何を使おうが 意図していれば
 この場で短時間で癒しは起こる」と確信している。

    「そう信じている」でなく「それは知っている」という
    完全な確信 の感覚があった夢。


まず 3については
自我的な 幻想を別の幻想に変えるヒ-リングをしていた自分や
他のヒ-ラ-たちを責める気持ちが うかがえる。 
しかし わたしたちには
何をしてもしなくても 聖霊は働き癒しが起こっているから
その邪魔はせず 好きなように幸せな時間を過ごせばいい
ということの再確認 と捉えた。

1と2は 意外な夢だった。
1は 思わぬ登場人物で。
2は 当時 英語は好きだったけれど
熱心でなかった必修科目の「講読」の講義が出て来たから。

中学のクラスメイト男子や
大学での学びのこと
ヒ-リングに情熱を向けてイベントに出展していた頃のこと・・・

思い出そうとして 「思い出したくない」と抵抗する気持ちに触れ
気づいたことというのは
「昔の冴えない自分は嫌い」「過去(特に中学時代)は暗黒時代」
「過去をないものとして葬りたい」
とずっと思ってきたなぁ ということ。

正直言って もし「わたし」が自分のクラスメイトだったら
大学時代ぐらいまでの「わたし」とは 友達になろうと思えない・・・
友達は なんで一緒に居てくれたんだろう?
とまで考えが及んで ギョッとした。

記憶の中で 人に対する恨みの気持ちは
感じなくなったように思うけれど
人間関係・学業・職業・恋愛などに関して
過去に自分がした(と思っている)ことを浮かべると
「当時 もっとうまくやれなかったかなぁ」と思って自分を責めてしまう。

・・・とまあ 夢を思い出して
こんな幻想を延々と考え巡らせそうになり
はっと正気に戻ってみる(笑)

奇跡のコ-スにおいては
(実在しない)過去を思い出してそれについて考えている時間は
空白の何も意味がない時間 ということになる。
なので これ以上ああだこうだとツッコんで
ないはずの過去をリアルにするのは無駄なことだし
そんなことを意図して夢見をしたのではないから ストップする。
 

過去には不愉快な感情もたくさん味わったように思うが
楽しいことも幸せな瞬間もたくさんあった。

ネガティブな方へ思いが向かうと
冒頭に引用したような
「過去に自分が与えた愛ある想念や、
自分に与えられた愛ある想念のみを思い出す」
ことができなくなる。

「もう自分を嫌いたくなんかない」
何度も繰り返し強化してきた 嫌う思いを 聖霊に預ける。

そして 過去と思っているものに目を向け続け
「過去に関することで 何か浄化しなくてはならない思いが残っている」
と思い違いをし 
いじりまわし強めるのは もうやめよう。


わたしが 今回の夢見の試みで再び出会いたかったのは
「過去に自分が与えた愛ある想念や、自分に与えられた愛ある想念」
だったように思う。

そして 中学の頃 大学の頃 に愛し 情熱を向けていたもの。
当時の 夢・野望 を思い出し
時を経て 今また心に再点火しよう。



大学での英語の「講読」の講義は
当時は熱心に受けてはなかったが
外国の文化的背景をふまえて 英語を英語のままで
味わえることには魅力を感じていた。

今回の夢見の試みを 一緒にシェアした友人に この夢の話をしたら
「今 シェイクスピアを原書で読もうと思っている」と言う。
それを聞いて それいいな と思った。

古典を十分味わうまでには英語に向かい合わなかったけれど
コ-スのテキストを原文で読み シェイクスピア調の韻を踏んでいるという文章を
味わってみたい・・・という思いがあったのを
友人の言葉で思い出した。

一方 中学時代を思えば ラジオで毎日のように洋楽を聴き
英語が好きだった。

アメリカの文化に憧れ 親の勧めで西海岸に1ヶ月ホ-ムステイさせてもらい
会話のクラスや小旅行など活動を楽しんだ。
シャイで十分に表現できないわたしだったけれど
ホストファミリ-の愛を受け
別れの後1,2か月は恋しくて号泣するほど その家の女の子と仲良くなった。
高校時代半ばまで文通をしていたのに
こちらから手紙を送らなくなって交流を断ってしまったのを後悔している。

英語を英語のまま(和訳しないで)味わうこと。使うこと。したいなぁ。
英語の歌も もっと歌おう。
横須賀・日本にいる外国の人と楽しい交流をしたい。
外国へ行き その国の空気に浸り 味わいたい。

20歳の頃の心で
大学での受身的な必修科目ではなく 
任意の楽しめる学びとして 選びなおそう。



美和子





↓ 拍手、 いいね! とっても嬉しいです ありがとう☆

【シェアリング】工事現場のできごと2つ

2016.05.19(Thu)


10年近く前に こんなことがあった。

借りていたワンル-ムの仕事場のエアコンが壊れて
新しいエアコンを 2人の男性作業員が取り付けに来た。

作業員の先輩格の人がイラついていて 
ひとつ動くたびに 後輩をののしり叱ったり
車まで 何度も道具を取りに行かせたりしている。

狭い部屋の中で聞いていて
まるで自分が罵倒されているかのようで
その場から逃げたくなった。

でも 自分が体験するものは
心の中の反映 と思い 自分の心を癒そうとした。

そのときは 奇跡のコ-スはよく知らなくて
当時さかんに使われていた「ホ・オポノポノ」の言葉
「ありがとう」「ごめんなさい」「ゆるしてください」「愛しています」
を心の中で繰り返してみた。

すると 取り付け作業の後半では
先輩の態度がおもしろいように変わっていて
後輩を誉めたり 持ち上げたりする言葉や笑い声が聞こえてきた。



今 裏のお宅に塗装工事が入っている。

先日 足場を組む作業中に
親方のような人が何度も下の人に まるで
うっぷん晴らしのように 小言を言ったりどやしつけたりしていた。

塗装工事には騒音は付き物だけれど
作業の音より 工事する人の声が近所迷惑! と思った。

施術の仕事部屋は 裏のお宅に近く
お客様の施術をしながら聞こえてくる声に
「ああ また始まった」

わたしがイライラすると お客さまに集中できない それは困る。
しかし お客さまは自分の話に夢中で 声を気にしていないようだった。

「わたしがイライラすると…」と書いたが 実際は
わたしの中にあるイライラや 
過去に 先輩・上司についていた時に感じた恐怖心を 
塗装工事の人たちが見せてくれている。

親方(?)の愛を求める心の叫びを自分のものと感じつつ
「わたしの幻想の中で 不快な役を買って 見せてくれてありがとう」と
心の中で言って 訂正となりゆきを聖霊に任せた。

そうしたら 急に ののしり声が小さくくぐもった声となり
変わらず何かやりとりをしてはいるのだけど
わたしの耳には「もごもご」みたいな鳩が「ぐるぐる」言うみたいな
不思議な声に変わって聞こえてきて 笑いそうになった。
(鳩は『平和』の象徴ってか?!)

そして お客様の自我の訴えを いつもよりもたくさん聞き
そのお話から一緒に見せてもらった錯覚を
聖霊に渡せたのではないかと思う。


あの 口うるさい親方の ひっきりなしのダメ出しは
わたしが いつも心の中でしていることだ。
そして 次は何を言われるのかと ビクビク怯えて動けない自分もいる。

わたしがすべきなのは
工事の人に「工事の音よりうるさいんですけど」と
彼らを自分の外の人と見て 苦情を言って相手を変えようとすることでなく

見ている夢(幻想)に気がついて 
代わりに奇跡を見せてくれるよう 聖霊に預けること。

引き続き 裏のお宅の様子は 観察してまいります。




美和子

Category: ■シェアリング

11:53 | Comment(0) | Trackback(-) | EDIT

【シェアリング】 自分で計画しない 護らない 

2016.05.14(Sat)


このところ 仕事の内容・メニュ-の見直しをしている。

ボディヒ-リングやセラピ-的な今の形のままだと 
幻想を 別の幻想でごまかす誘惑に 
はまってしまいがちだから・・・

(ごまかしの例:肉体の辛さを訴える人を それを真に受けて問題だと受け取め
その状態を好ましいものに変えようとすることを ヒ-リングとして行う)

・・・幻想に気づいて ほんとうの私たちを体験する
いっしょに光を見て幸せな体験をする
それが わたしが「きょうだい」たちとしたいことなのだから
ヒ-リングやセラピ-の形であっても 別の何かでも
いま 自分にふさわしい仕事の形はどんなものだろう と
あらためて見直したいのだ。

それで 奇跡のコ-スの 
レッスン135「自分を防衛するなら、私は攻撃される」 
レッスン136「病気は真理に対する防衛である」
(「奇跡講座ワ-クブック編」の和訳)
などを読み返している。

それで読んで思ったのが
「あたし 毎日 聖霊の声 ぜんぜん聴こうとしてないじゃん。
きっと受け取っている すてきなものにも気づいてないじゃん」 ということ。

不快を感じたときは幻想と分かりやすく 聴けているかな?と思うから
100パ-セント聴いてない受け取ってないわけではないけれど
「やってるつもり」だったなぁ と思った。

同じことを繰り返す 自我のののしり声でアタマをいっぱいにしていたり
自分で思いついた計画の遂行に忙しいことで
聖霊の「これ幻想だよね?」という示唆も
家族や「きょうだい」たちからの愛(とその表現)も
あるのに気づけないで聴かないで見ないでスル―しているのだ。
ほんとうは 今見ているよりも 
もっとすてきな世界が見られるかもしれないのに。

もう いいかげん それをやめたいと思い
再び 無意識の習慣を変える訓練をすることにした。
昨日から 目の前に起こったことにすぐ反応し動くるのを(気づいた限りで)止め
「今行動するかしないか するなら何をするか」を 聖霊に訊くことにした。
何かに没頭しそうになったら ふと手を止め お伺いを立てることにした。



おとといの夕方時点で 昨日の仕事の予約はなかった。
自分で立てた 昨日の大まかな計画はこうだった。


①午前は 庭木の剪定か 仕事関係のことか 部屋の片づけをする。
②昼過ぎ 習い事の教室に 徒歩で向かう。(30分ほど)
③教室の前に ス-パ-に寄って ある物を買う。 
④3時間教室で過ごす。
⑤その後 教室近くのディ-ラ-に車検が終わった車を引き取りに行き帰宅。

なんとなくそう考えたいたら おとといの夜 
昨日の施術予約希望の電話が入った。

先方の都合は ちょうど習い事に行っている時間帯。
教室は 午前のクラスにも振替できる。
ただし 午前クラスは人数が多く 十分に教われないかもしれないし
たとえ午前に行っても 車検の引き取りはできない。

「すみません」と言いながら
やむなく 希望時間よりも3時間遅い夕方に お約束した。

さて そして昨日。

自分で立てた大まかな計画に従い とりあえず教室へ向かう。
でも 聖霊に訊きながら動きを決めていくつもりではある。

イヤホンで音楽を聴きながら 教室がある住宅街まで来た。
ふと「イヤホンしている人って 自分の世界に入っていて声がかけにくい」
と思う。
声をかけられたくない時 聴いているふりで音のないイヤホンをつけることもある。

音楽を聴いていると 風景も行きかう人たちも 自分とは関係ないものに感じる。
日頃 「音楽聴いていると 聖霊の声は聴けない」と思うこともある。

それで「今は ほんとうに聴きたいの?」と胸に訊いた。
聴き始めは 音楽を楽しんでいたが
その時はもう 惰性で流していたので イヤホンを外してみた。
すると ななめ前方に リュックをしょった女性が「見えた」。

そこは長い坂道で 女性は 「ふぅ」と息をついて 立ち止まる。
目が合うと 思わず笑みが出た。
何か言いたそうにしているようで 見つめると
女性は 「暑いわね」 と。
「暑いですね。(リュックからのぞく)大根重そう。がんばって」

別れてから 「がんばって」って声かけはどうだったんだろう?と思いつつも・・・
惰性でイヤホンをし続けていたら 
そんな 心あたたまる ちょっと嬉しいふれあいができなかっただろう。

しかし ここで立ち止まったために
ス-パ-に寄ると 教室の開始時間には間に合いそうもない。
教室の後に寄ると 夕方の予約時間ぎりぎりになるかも。それは困る。
遅刻を覚悟で 耳は澄ましつつス-パ-に足を向けると
頭の中に「その必要はない」と浮かぶ。

それで時間通りに教室へ行き 3時間過ごした。

車検の引き取りに行くと 
名前を言わなくても所長さんが すかさず案内してくれて
手続きはスム-ズに済んだ。

これで買い物をしても 早く家に着けそうなので 
ディ-ラ-のカウンタ-で領収証などの発行を待つ間に
予約のお客様に
「よかったら少し早めにお越しください」とメ-ルを打ちかける。
そこでまたも「その必要はない」という思いが浮かび メ-ルを削除した。

車を引き取り ディ-ラ-の隣のス-パ-で買い物をし
家に着くと 来ていた姉が帰ろうとしているところだった。
お互いに話したい大事な話があったので
ああ よかったと お客様が見えるまでの時間 姉と話した。
なんと話は「苦痛を訴える人を目の前にした時 セラピストは何をするか」
ということにまで及んだ。

それは この記事の前半に書いた内容だけれど
わたしも姉も 一緒に受け取れたと思う。
メ-ルを止められたのは このためだったかもしれないと思った。

その後 予約時間にお客様が見えた。
体全体しんどいと訴える幻想を見せてくださったことに心の中で感謝し
施術をさせていただいた。

と 昨日はこんなふうになったわけだが
余計な必要のないことはしないで 聖霊に耳を傾け
自分を護らないで信頼した結果を見届けることは
自分の計画を進めるよりも 満足感があって幸せを感じるみたい
ということがわかった。

でも これを習慣までにするには
一日ぼうっとは していられないのね・・・

それでも 今 必要なことなのだから
根気よく続けるのだ(^o^)



美和子

 

Category: ■シェアリング

11:18 | Comment(0) | Trackback(-) | EDIT

プロフィール

美和子(Miwako)

Author:美和子(Miwako)
美和子です。奇跡のコース学習者として 記録したいことを綴ります。

ここから検索できます

みわことのコンタクト・メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

総あしあと数

今見てくれている人

現在の閲覧者数:

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
心と身体
13093位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
スピリチュアル
1503位
アクセスランキングを見る>>

QRコード

QR
↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。