【夢日記】神社の社殿に誘われる

2010.11.29(Mon)


2010-11-29


これは、2ヶ月前の9月30日(2010.9.30)誕生日の夢です。
なぜだか、今になって書く気になりました。

誕生日の夢というのは、だいじなメッセージを含む夢です。
わたしなりの理解を書いてみます。


神社の境内にいる。

社殿の前で、ボール紙で作った白いプロテクターを
身体に当ててみている。(服は普通に着ている)
これは、神職が身につけるものらしい。
これをつけていれば
社殿に入っても、自分の穢れで穢さない、と思っている。
なんとなく身体にフィットしなくて
首をかしげている。

それを、社殿の中から見ていた神職の女性二人がニコニコして
「中に入りたいなら、そのまま何も付けずに入ってらっしゃい」
と手招きしてくれる。
女性たちは、親しみやすい楽しく明るい感じの人たち。



神道や神社や作法には詳しくないので
きっと、詳しい方なら何か気がつくものもあると思いますが・・・

キャッチャーがつけるようなプロテクターが
紙(神、と通じる?)で できているのが笑えます。

夢を見た後感じたことは

「あー、そのまま入ればいいんだ、
入っていいんだ」
 


ということでした。

永遠であり愛である、人の本質にとっては
この世で言う「穢れ」というものは、実は存在しないから
という意味にも取れるし
逆にこの世的な「穢れ」を持つからこそ
神聖な場所へ導かれる、という意味も感じます。

現実の神社では、手水場などで
なんらかの清めの作法は必要だけれど
とにかく、「そのままでいい、そのままがいい」みたいな。

プロテクトする(身を護る)必要もない。
社殿へは、参拝するために入るつもりではなくて
そこで 働くつもりでいたようです。

このブログ(以前のブログ)のトップの記事には
奇跡のコースの中の文章を掲げています。
これは、誕生日の少し前にブログにのせました。

I am here only to be truely helpful.

I am here to represent Him who sent me.

I do not have to worry about what to say or what to do,
 because He who sent me will derect me.

I am content to be wherever He wishes,
 knowing He goes there with me.

I will be healed as I let Him teach me to heal.

~A Course in Miracles 第2章 5ー18より~



神の意思とひとつになって喜んで働く、という、
わたしの意志をあらわす文章です。

それを、構えることなく、
その資格がないとおじけづくこともなく
そのままの自分でやればいい
と、神社を使って日本風な形で
聖霊が夢を通じて知らせてくれたように感じています^^


美和子

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【つれづれ】対人援助において「委ねる」こと

2010.11.09(Tue)




数年前に、病院でボランティアをしていたときに
ボランティアグループの勉強会(ワークショップ)で
講師をお招きしました。

その先生は、キリスト教の牧師でしたが
「人のケアをする人は、何か委ねるものを持つ必要があると思う」
と話されたのが、印象に残りました。

わたしは信仰する宗教もなく、宗教の詳しいことは知りませんが
キリスト教だと、自らを神に委ねる、イエス・キリストに委ねる
という感じになるのでしょうか。

わたしは、ボランティアやヒーリングを続けてきて
何か、自分が腑に落ち、信頼できる世界観・死生観を
持つことは、確実に必要なことだと思っています。

特に、死生観については
肉体が死んだらすべておしまい。
と信じていると、たくさんの人の死に出会う
看護や介護のお仕事は、かなり辛く
いつか燃え尽きると思います。

なんとなく「これがよいケア」「これが理想的なヒーリング」
「これが理想的な死の迎え方」などというものを持っていても
それが思い通りになることは、めったにないことだと思います。

その、自分の思い描いたとおりにならないことについて
人智を超えた何かがあり
すべてを思い通りにコントロールしようとするのでなく
人智を超えた働きを信頼してみる。

そのように考え、もし何かに委ねることができるとすれば
燃え尽きることなく、起こることを信頼して
働き続けられると思うのです。

わたしは、人を罰したり、試練を与えたりする
厳しくて恐そうな神様は好きでないので
ACIM(奇跡のコース)での
ただ愛だけである神様を採用しています^^
それだったら委ねられるから~ということです。

そして、この、今住んでいるとリアルに感じている世界は
神が創ったものではなく
神から離れてしまったという夢を見ている自我が作ったもの。

だから、夢からだんだんに覚めていけば
自分も神であり愛であり永遠でありひとつである存在だと思い出せる。
現在は、それを思い出す途中の課程。

わたしにはそういうのが心地いいので 
今は、ACIM的世界観を採用しています。


美和子





Category: ■ACIMつれづれ

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プロフィール

美和子(Miwako)

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美和子です。奇跡のコース学習者として 記録したいことを綴ります。

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