【つれづれ】静けさから湧いてくるものを待つ

2012.03.27(Tue)



「奇跡のコース」(A course in Miracles)のワークは、
今日は266課。残りあと100日分をきりました。
ワークのパート2に入ってからは、英語版テキストで、
辞書を引き引き進めています。

この間の新月の日に、あらためて、
「自分と『きょうだい』の真の姿を見る」と、決めました。
この決意は、今までにも何度もしています。

今回はさらに、すべての出会う人(きょうだい)を
真の自己に戻るための 「救い主、メッセンジャー」と見る。
すべてひとつで永遠で罪はなく、愛そのもの光そのものと見る。
そうではない姿として見えた幻想は幻想としてごまかさず、
それを聖霊(Holy Spirit)に託し元通りにしてもらうことを 
ていねいに淡々としていく、という決意です。

一生涯かけて地道にそれを続けていく、ということです。

今年の初夢からずっと夢や日常を観察し続けてきて、
「見えている感じている幻想を『なかったこと』『ないもの』として
ごまかそうとしてきた」ことに気がつきました。

「見えていない、感じていない」と、ごまかしていたので、
幻想として消えずに留まり続けていて、
それが自分を苦しめていた。それに気がついたので、
ひたすら、見つけ次第託していこう、と思えたのです。

わたしのシビアな観察力を、
このために生かして使おうと思いました。
自分や人をチェックしてダメ出し・非難するのではなく、
淡々と観察して聖霊に託していくだけです。

おとといの日曜日、押入れの中まで大掃除をしました。
翌朝起きた時、心がしんと静まっていました。
まわりで物音はしているけれど、静かなのです。

この世的に「するべきこと」はたくさんあるはずなのに、
焦る気持ちがすっぽり抜けてしまったようでした。
「次は○○をしなくちゃ」とも思わず。。。「なにもすることがない」

いつも話には聞いている「なにもする必要はない」って
こういう状態かな。。。そして、
そこに故意に心を動かし行動するための刺激を
投げ込むのでなく
「ああ、この状態から湧き起こるものを するだけでいいし、
ここにもたらされるものを 受け取ればいいのだ」

今、来月以降の企画など、一時、作業を止めています。
この内なる静けさの中から見えてくるものを、
辛抱強く待っています。


美和子


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【シェア】きのうの すてきな子供たち

2012.03.20(Tue)



セッションルーム「美らくる堂」がある自宅は1階です。
きのう部屋にいたときに、2階への鉄の外階段をダンダン!と
昇り降りする音が響きました。音だけでなく、家も揺れます。
子供が何人かで遊んでいる感じがします。
振動と音が響くのがうるさい。
何度か続き「いいかげんにしろー!」と怒りも感じました。

「ひとこと注意しよう」と玄関から出てみると、誰の姿もない。
座敷わらしか?(笑) 
中へ戻ると、またしばらくして階段をかけ上るような音が。
「またか」と、さっきよりもさらに怒りがわきます。

そして、外へ出て階段を見上げると、
未就学児のような男の子と女の子が、2階の玄関前に見えました。
静かにふふっと顔を見合わせて笑っているような感じ。
かくれんぼでもしていて、鬼から隠れていたのでしょうか。

様子がわかると、さっきまでの怒りは忘れ
「あー、そこって、かくれんぼにはいい隠れ場所だよね」
と思いつつ、子供たちに向かって「しーっ!」と
人差し指で しぐさをしました。
すると、男の子の方が、黙ってわたしを見つめて
自分も同じしぐさをしました。
うわぁー、かわいいんだけど!

静かに階段を上って、子供たちを下から見上げた格好で
(威圧感与えないようにと)
「あのさ、ここの下に住んでいるおばちゃんなんだけど、
階段をドタドタすると、お家が揺れるの。
だから静かにそーっと、ね、そーっと。」と言って、
部屋に戻りました。

妙なおばちゃんの出現にビビッたのか、
返事もリアクションもありませんでしたが、
男の子の方が女の子に「そーっと、だって」と
かわいい声で言っているのが聞こえました。

その後は、階段の音は聞こえなかったので、
おそらく、「そーっと、そーっと」足音を忍ばせて
階段を下りてくれたのでしょう。
なんて素直なんだろう。

わたしのことを怖がっているかんじはしませんでした。
脅して怖がらせる気はまったくなく、むしろ
「わかってもらえるかな」と、
こちらがドキドキしていたくらいなので、
気持ちを汲み取ってもらえたように感じてうれしかったです。

かわいい天使たち、愛を受け取ってくれて、
わたしにも愛をくれて ありがとう♥


美和子

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【つれづれ】何が「自分のもの」だろう?

2012.03.19(Mon)



きのう「わたしは 豊かさそのものです」
という言葉が浮かびました。

今日は、歩きながら、とか、ご飯作りながら、唱えてみました。

すぐに、言葉に抵抗する思いが出てきました。
「でも○○は 持っていないじゃん」。

他の人が持っている(と感じている)ものは自分にはない、
などと、人と自分を比べ始めたり。

そして、みじめな気持ちや、不公平感による怒りは、
「これを終わらせてください」と聖霊さんにたのんで、
よく感じてあずけてしまう、というのが、わたしがしたことです。



ウォーキングをしているときに、
犬がマンションの壁に用をたしていました。
飼い主さんは洗い流すためのペットボトルの水を持っていたのに、
水をかけないで通り過ぎていきました。

「えー?なんで?」と、チラッと不快感を感じました。
「同じことを 自分の家の壁にされたら嫌じゃないかなぁ?」
と思いました。

そこに「『自分の』家って言うけど、
『自分のもの』って何を指していうの?」という思いが来ました。

「よくわからないけど、お金を払うか何かして、
 自分に所有権があると思っているものかな。
 でも『自分のもの』『人のもの』という区別は分離感を感じる」

「あー、『所有権があると思っているだけ』で、
 たまたま今は自分の目の前にあるけど、
 自分が知覚できるものは、みんなのもので自分のものでもある、
 と考えれば豊かな感じがする」と思いました。

「でも、知覚しているものが 
 わたしやみんなの意識で作ったでっちあげの幻なのだったら、
 それは豊かではないのかもなぁ」とも思ったり。

「いずれにしても、幻も、
 感じた不快感をあずけるための材料にはなるから、
 『豊かさそのもの』を感じる材料には事欠かないみたいだわ」

という、わかったようなわかんないようなところで、
きのうはおひらき(笑) 

とにかく、身の回りの、不愉快なことでも心地よいことでも、
「どのような思いで暮らしたいか」「どんな世界にしたいか」
と思いを向けるきっかけとなる材料は、
豊富にあることは確かなようです^^


美和子


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美和子(Miwako)

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美和子です。奇跡のコース学習者として 記録したいことを綴ります。

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