第8章より 肉体と病気の知覚について

2015.11.06(Fri)


先月 『奇跡講座』三部作シリ-ズ(中央ア-ト出版)を取り寄せて
ワ-クブックの続きをしたり
テキストを少しずつ読んだりしています。

ワ-クブックレッスンは8月から2回目をしていて
翻訳が香咲弥須子さん監修のものをやっていたけれど 
この機会に 奇跡講座の翻訳のワ-クに 切り替えてみました。
今日は レッスン89です。

このテキストは わたしには読みやすいようです。
田中百合子さん訳のテキストの文章も好みですが
こちらは 上品さと きっぱりとしつつも やわらかみを感じます。

コ-スのテキストは 読むほどに
「知りたいことが ちゃんと書いてある」ことに
喜びを感じる本です。

読めば いちいち 「そう!そう!」とうなづけて
鉛筆の傍線だらけになり・・・
だからといって内容が理解できているわけでもないけれど(笑)
うれしくてわけわからなくなる不思議な本です。


++++++++++


わたしの仕事のひとつには 
身体の諸症状や痛みを緩和する施術があります。

自我の目で見れば 「痛いから体をなんとかして」
という人の要望に応え
それらの緩和と代金とを交換することで
成り立つ商売なのでしょうね。

とはいえ 仕事で人と出会う機会は
赦しの働きをする機会だから・・・ 
体の症状や痛みを解消することを目標としては いないつもりです。
それらをきっかけに出会った人と共に
間違って知覚した幻想を
聖霊に預けることをしている つもりなのです。

でも いざ「痛い」と訴える体を目の前にすると
「体の痛みを取ろう」と反応してしまうことも多いんですねぇ。

自分にとっては 肉体がらみの仕事を通して
「人間は 個々の肉体を持って分離し独立している存在」
という間違った知覚をするたびに
聖霊に正しい知覚を教えてもらう・・・
出会った人と共に愛を感じる・・・
それを しばらくの間していくのだろうな と思っています。


『奇跡講座テキスト編』P222
第8章 帰還の旅、 Ⅸ 訂正された知覚としての癒し より引用
(下線は、私が引きました)

5 自我があなたを病気へと誘うとき、聖霊に
肉体を癒してくれるように求めてはならない。
なぜなら、それは単に、肉体は癒しの適切な対象だという
自我の信念を受け入れることだからである。

6 それよりもむしろ、
肉体についての正しい知覚を教えてくれるようにと、聖霊に求めなさい。
知覚のみが歪曲され得るものだからである。

7 知覚だけが間違うことが可能なので、
知覚だけが病気になり得る。






美和子
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Category: ■テキスト

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【つれづれ】へっぽこ道案内

2015.11.01(Sun)



201511010939000.jpg







お気に入りの海辺のカフェで
今朝は『奇跡講座』(中央ア-ト出版社)の
序文と 第1章のはじめの方 16章のⅠとⅡを読んだ。

もうコ-スとの出会いのことは 記憶が薄れているが
魔法のような ”Miracle” ”奇跡” という言葉に魅かれて
内容を知りたい と思ったのだと思う。

第1章は「奇跡の意味」というタイトルで
これを読めば「奇跡とはなんぞや?」の答えがわかりそうなものだが
今朝読んでみても テキストに初めて触れた数年前とほぼ同様
コ-スで使う「奇跡」という言葉の意味が わからない。

あたしってほんとうに馬鹿なんじゃないか?と思う。
わからないのに コ-スのシェア会とか
始めちゃっていいのか?とギョッとする。
(それでもやっちゃうけど。 横須賀で 12月の第1日曜日 朝です)

「一般に使っている『奇跡』の意味とは違う」
というのは たぶん間違いないと思う。

それでもって
ここでまた あ-でもないこ-でもないと考えるのは
(ほんとうは存在しない)自我の思うツボなので やめる。







さて カフェでテキストを読んだ後のこと。

まだ家に帰る気はしなくて
近くの公園でバラを愛でてから
近くのファミレスの雰囲気を確かめに入ってみる。

海を感じるロケ-ションはわるくない。
でも BGMが耳障りに聞こえる。 
好きなあのカフェと 選曲はあまり変わらないのに なぜ?

テ-ブルの上のパンフレットやら数々の販促物も目障り
ゆっくり本を読んだり相談したりには 向かないかな。

あまり長居するところではないと判断し
早々に ファミレスを出る。

すると
「すみません」と
外国の 知的に見える女性に声をかけられる。
苦手な道案内 と知りつつ
つい「はい」と答えてしまう。

彼女が手にしているプリントの英文の道案内を見ると
教会を探しているらしい。
地図はない。周囲に人もいない。
わたしは この町は不案内だし 
目印のレストランの所在が 2つともわからない。

でも この女性が向かおうとしている方向が
見当違いなんじゃないか?という思いがザワザワとしていて
モタモタと文章を読み返す。

その挙句”Ⅰdon't know where (レストラン名) is.”と言うと
急いでいたらしい彼女は 苦笑いして感謝し
陸橋を駆け上っていく。

あ-あ。
彼女 たぶん約束の時間が迫って困っていたろうに
役に立てなかったなぁ。
がっかりする。

胃のあたりがモヤモヤしながら
聖霊に「これどういうこと? どういう出来事だったの?」
と問いかける。

それで 浮かんだのが

「彼女がほんとうに探している場所は
 あの紙には書かれていない」


という思い。


へぇ~ ボタン 押しまくりたい(←古いかな)













Category: ■ACIMつれづれ

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プロフィール

美和子(Miwako)

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美和子です。奇跡のコース学習者として 記録したいことを綴ります。

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