【つれづれ】対人援助において「委ねる」こと

2010.11.09(Tue)




数年前に、病院でボランティアをしていたときに
ボランティアグループの勉強会(ワークショップ)で
講師をお招きしました。

その先生は、キリスト教の牧師でしたが
「人のケアをする人は、何か委ねるものを持つ必要があると思う」
と話されたのが、印象に残りました。

わたしは信仰する宗教もなく、宗教の詳しいことは知りませんが
キリスト教だと、自らを神に委ねる、イエス・キリストに委ねる
という感じになるのでしょうか。

わたしは、ボランティアやヒーリングを続けてきて
何か、自分が腑に落ち、信頼できる世界観・死生観を
持つことは、確実に必要なことだと思っています。

特に、死生観については
肉体が死んだらすべておしまい。
と信じていると、たくさんの人の死に出会う
看護や介護のお仕事は、かなり辛く
いつか燃え尽きると思います。

なんとなく「これがよいケア」「これが理想的なヒーリング」
「これが理想的な死の迎え方」などというものを持っていても
それが思い通りになることは、めったにないことだと思います。

その、自分の思い描いたとおりにならないことについて
人智を超えた何かがあり
すべてを思い通りにコントロールしようとするのでなく
人智を超えた働きを信頼してみる。

そのように考え、もし何かに委ねることができるとすれば
燃え尽きることなく、起こることを信頼して
働き続けられると思うのです。

わたしは、人を罰したり、試練を与えたりする
厳しくて恐そうな神様は好きでないので
ACIM(奇跡のコース)での
ただ愛だけである神様を採用しています^^
それだったら委ねられるから~ということです。

そして、この、今住んでいるとリアルに感じている世界は
神が創ったものではなく
神から離れてしまったという夢を見ている自我が作ったもの。

だから、夢からだんだんに覚めていけば
自分も神であり愛であり永遠でありひとつである存在だと思い出せる。
現在は、それを思い出す途中の課程。

わたしにはそういうのが心地いいので 
今は、ACIM的世界観を採用しています。


美和子





関連記事

Category: ■ACIMつれづれ

00:00 | Comment(0) | Trackback(-) | EDIT

COMMENT

POST COMMENT


プロフィール

美和子(Miwako)

Author:美和子(Miwako)
美和子です。奇跡のコース学習者として 記録したいことを綴ります。

ここから検索できます

みわことのコンタクト・メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

総あしあと数

今見てくれている人

現在の閲覧者数:

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
心と身体
15659位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
スピリチュアル
1793位
アクセスランキングを見る>>

QRコード

QR
↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。