【ワーク】じぶんで護る必要はありません

2011.10.18(Tue)

今日の 奇跡のコースのワークは153課。
In my defenselessness my safety lies.
(防御をしなければ 安全でいられます)

以前、135課でも
同じようなアイディアのワークをしていますが
その時のことは全く忘れていて^^;
まるで初めて聞くことかのように思ってやっています。

以下は、わたしが感じ取ったことです。



防御する-身を護る必要を感じている、ということは
何かを恐れているから。

脅威を感じ、攻撃を受け
傷つくことを怖がっている。

でも、ほんとうのわたしたちは、傷つくことはできない。
完全に護られているのだから。



このワークは、
「防御をしなければ 安全でいられます」
というアイデアを、5分以上(時間の上限はない)心にとどめます。

椅子に座って 言葉を心で唱えているうちに
上に書いたような言葉も浮かんできたし

「安全に護られているのだから  じぶんで護る必要はない」

という思いがくり返し起こってきました。

さらに、アドバイス的な思いが どんどん浮かんできました。
書いてみると、次のようなことになります。


「朝 体操をしなければ」
「規則正しい暮らしをしなければ」
「食べ物の食べ合わせに気を付けなくては」
などという思いは
それをしなかったら不健康・病気になる、という怖れからだ。

もし、「そうするのが心地いいから」ということなら
好きなようにすればいいけれど
恐れているものから護ろう、と思っているなら その必要はない。

今、「こうするのがあたりまえ」「こうしなければいけない」
と意識的、無意識的に思っていることがあれば
今一度

「わたしは護られていて安全なので  自分で護る必要はない」
ということを胸にとどめつつ
それをしなかったらどういうことが起こるかを 試してみるといい。

おそらく、前よりも気分がいいことに気づくだろう。
肉体に関することだったら 調子がいい、と感じるかもしれない。

それは、じぶんが、身を守るために縛っていたものが
ほどけて、愛、幸せ、やすらぎを 感じられるスペースができたから。

その状態で
「こうするのが心地いいから やろう」と思うことなら
楽しんで気持ちよくできるだろう。




「そうか、アレもコレも、怖がって身を護るために
『やらなくちゃ』と思っていたことなんだ
無理にしなくてもいいんだ」

と思いながら 5分か10分ぐらい経ったころ
自然とアゴがほどけ、口が開いてきました。
動くままにしていたら 胸から頭部にかけて、あった何かが無くなって
ずどんと空洞になった感じがしました。

みぞおちから頭頂までが
ひっかかるものがなく「通った」感じです。
胸いっぱいに息が吸えるし 喉も頭の中も、スコーンとしていました。

「(スピリットとして)護られていて安全なのだから
 無邪気に、自由気ままにしていても 大丈夫なんだ」

その後、床に寝転んで
動かしたいように、体をひねったりして調整していました。

気がついたら、1時間も経っていて
今までで一番気持ちよいワークでした。

今日は、1時間に1回
このワークのアイデアを思い出して 過ごす時間を持ちます。



美和子


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Category: ■ワークブック

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