【つれづれ】「死んでもいい」と思えるときが「生きている」時

2011.11.05(Sat)



今日、明日と
香咲弥須子さんの「奇跡のコース」のセミナーに参加しています

奇跡のコースには 4年ばかり触れていますが
それでも、まだ
「え?そんなコト テキストに書いてあった?!」
「それって、そういう意味なんだァガーン」
ということも チラホラというか、大アリ。

どのような方法の真理探求にもつきものなのは
変わりたくない、真理を受け入れたくないという抵抗。
そのために、書いてあることをスルーしたり
間違って解釈することも多々あるので
そういうコトが起こってきます。

そして、奇跡のコースは、ほんとうに
よくあるスピリチュアル的な教えとは違うなぁ
と 今でもびっくりすることが多いです。

今回は、お金・豊かさについてのテーマがあり
それに興味津々でした。

へー、そういうふうになっているんだ
聖霊さんには そのように頼むんだねぇ。
と、ワタシ的には 大満足でした。
あとは、聖霊さんに適切な形で お願いし
どのような形で実現するのかを 注意深く見ていくのみです。

今はまだ その話や
びっくりなコトや大切なコトを 書き表せない(表したくない)ので
美らくる堂でのセッションや わかちあいの会で
「話す必要を感じたとき」に お話しますね。

豊かさについて気になる方は
この本を読んでみてくださいね。

豊かさの力学

あと、こちらの本も
コース初心者に超オススメです。

『奇跡のコース』を生きる実践書

で、前置きが長くなってしまいましたが
今日、香咲さんがおっしゃったことで 心に響いた言葉を。

”死んでもいい、と思える時が「生きている」とき”

そこそこの幸せを感じている状態は
まだ恐怖心があり、100%の愛の状態ではない。

真の自己である愛の状態・交流を体験し
あまりにも幸せで、もうこれでいつ死んでもいい と思えるのが
ほんとうに 生きている、ということ
と いうような意味になります。(合っていますか?^^;)

わたしも、このように感じた気がしたこともあったけれど
次の瞬間「でも、まだコレやってないよね」
「あれも手に入れてないよね」
「まだ死ねない」
などと思っちゃったりしましたね。

何かを怖がったままの
そこそこの幸せじゃなくほんとうの幸せを感じ
ほんとうのことを見ようとし、見せてもらい
愛を表現し、めいっぱい「生きたい」わたしです。


美和子



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