【夢】 待ってくれていたひと

2014.10.11(Sat)

 
今日書くのは 8月に見た夢。
とても心地よい夢だったが 自分としてはどうとらえたらしっくりくるか
2カ月ほど寝かせてあった。


午後の 学校の教室のようなところ。
講義または研修が終わって
人々が 三々五々帰ってゆく。

わたしは 持ち物をカバンにしまうのに手間取り
最後の一人になっている。
いつも 帰り支度というものが 人よりも遅くなってしまう。

目を 何メートルか先の窓際に向けると 窓の前に
白い綿のシャツとパンツを着た男の人が立っている。
(20代後半~30代前半 癒し系 黒髪・色白・やせ型筋肉質)

帰り支度の済んだ わたしをまっすぐ見て
「待ってたんだよ」と
左手を差し伸べてくる。

わたしはいつの間に彼に近づいていて
自然に その手を自分の左手で握ったまま
スッと彼に寄り添う。
ふんわりと安心感に包まれる。

彼とは付き合っているわけでもなく
気のおけない仲間の一人 と思っていた。
少し離れたところで じっと見守り 待っていてくれたんだ
と思えて それがうれしい。
心の奥で ほんとうは言ってほしかった してほしかったことを
してくれたように感じている。

手をつないで 隣の保健室のような部屋で
大きな机の上に 並んで腰掛ける。
ぽつんぽつんと話しながら
外の のどかな風景を眺めている。

この人と ずっとこうしていたい と願いながら
でも これは長く続かないかも という思いもよぎる。



この教室で学んでいたのは 
おそらく自我の学びなんだと思う。

それは・・・
不完全な自分には 知識や能力が不足していると感じていて
それを補うために 自分の力でなんとかしようと
学んでも学んでもキリのない 徒労を積み重ねていくこと。

この夢を しばらくの期間感じてみていて
「もう自我の学びは十分やった。もう終わりなんだな」
と思えた。

そして終えて ふと見ると
わたしが自力でなんとかしようと苦闘しているのを見守り
辛抱づよく 待っていてくれた存在に気がついた。

こう言ってしまうと つまらないような気もするが
この男性は イエス・キリストであり
わたしたちの内なるキリスト であるのだろう。

夢でのわたしは この(夢である)世界の男性との仲は
はじめは運命的な出会いと思い いい感じでいても 
やがてはお互いを信じられなくなり 憎み 離れたくなる
儚い長続きしないものだと思っている。

特別な愛情関係・・・それがほんとうに
神聖な関係 になんてなるのだろうか?と疑っている。

このような癒しの夢を見る一方で
過去のパートナーと一緒にいて
不愉快な思いをしている夢(悪夢)をいくつも見て
思い出したくなかった感情を再体験し
「いったい何なのコレ?」と腹を立てている(笑)

わたしはここ何年か
「どちらも悪くない」「過去にいいこともたくさんあった」
「彼に こういういいことろもあった」と
自我の力でポジティブに考えようとして
この世の悪夢を 否定してきたのだろう。

悪夢が繰り返すのは 
きっぱりと悪夢と認めていないからじゃん・・・

んー わかった もう認める。降参。
わたしは 悪夢を見ていました。

癒し系の若いイケメンのイメージで出てきてくれた「兄ちゃん」
いつも一緒にいてくれて 愛してくれて
待っていてくれて ありがとう。

悪夢でなく ほんとうのものを 
奇跡を 見せてくれるかな。







【夢日記】徘徊するおばあさんとダンスと花と

2014.06.08(Sun)

これは 2012年7月6日に見た夢。
自分が見た夢の中で とても好きな夢である。
先日 下のリンクの記事を読み 思い出したので書いておく。
姿消した認知症男性の”想い”、保護した警察官も理由知り協力。


わたしは 広い坂道を上っていた。

目の前に、初老のおばあさんが
あらぬ方向を見て よろよろと下ってくる。

おばあさんの妹か娘かお嫁さんのような女性と
その旦那さんか兄弟のような男性が
おばあさんを見つめながら
あとから下ってくる。

おばあさんは、認知症のようである。

「徘徊するおばあさんを、
 家族が追いかけている」
のだと思った。

「つかまえるのを手伝おう」
と、思った。

おばあさんの真正面で
両手をとり、強くつかむ。

後から来る女性が
「つかまえないで!」と叫ぶ。

「えっ?!」と驚く。
はっとして、そのまま 
おばあさんの動きを感じてみる。

お互いに両手を 
肩ぐらいの高さで合わせたまま
おばあさんは、ゆらゆらと体をゆすり
ダンスを始める。
その動きに合わせて、
いっしょに踊りながら坂を下る。

女性と男性は
さきほどと同じ間隔を保ち続け
おばあさんとわたしの後についてくる。

おばあさんは
花屋へ入ってゆく。

店員に、
ある小学生の男の子に
花を送ってほしい、と言う。

一輪の、クリームイエローの
ガーベラのような すーっと長い花。

「こないだは
いっしょにいてくれて 
ありがとう」

という、メッセージもつける。

以前、おばあさんが徘徊(散歩?)したとき
公園で その男の子と過ごして
楽しかった、ということが
わたしの胸に伝わってくる。

おばあさんのご家族らしき男女は
いつもこんなふうに
おばあさんのちょっと後ろで
様子を見守っている。

「つかまえて 家に戻さなくちゃ」
と思ったのが
はずかしかった。



女性の「つかまえないで!」という声で ハッとして
わたしの世界の見方が変わった。

わたしは
「徘徊するおばあさんと その家族の しんどい状態」を見ていた。
そして彼らを「助けなくてはならない存在」と認識していた。

もしそのままの思いでいたら
ダンスする彼女も
小学生の男の子へのあたたかい心も
(もしかしたら遠い初恋の記憶?)
この男女の おばあさんを見守る愛も
見て心震わすことができなかっただろう。

この人たちは
このようにおばあさんを見守ることで
彼女を通して
喜びと愛を感じられることを知っているのかな。


美和子

【夢日記】助けを求められない・・・

2013.05.07(Tue)



半年ぐらい前に、家の中が大水になって
溺れてしまいそうで恐怖のために
水を外に出すための出口(突破口)を探す夢を見た。

このときの夢では、何もしなくても水は引いた。

水は、感情・無意識・または
体内の水のことも表していたかもしれない。

水を怖がり、問題と捉えれば
それは、怖いものとして現実化する。
問題と捉えなければ、いつか引いてゆく。

(水が感情だとすれば、感情は感じて いつか引いてゆくもの。
怖がって否認や抑圧すれば、幻想としてとどまる)

また、水を問題と捉えるならば解決法は、
手当たり次第に出口を探すことでなく、
観察して感じて経過させること。
そして、「夢から覚める」ならば、その体験は消える。

・・・・・

さて、実は連休中に、
室内が大水になる夢を見た。
天井近くまで水が上がって、夢は終わった。

前回とパターンは同じである。
ただ、前回と違うのは、今回は
自分は部屋の中にいなくて、他の人たちがいたのだ。

その人たちが溺れたら死んじゃう!
なんとかしなくちゃ、と焦ったのだった。

・・・・・

この夢を見たすぐ後で、現実で
「力になりたいけれど、自分は何をしてあげられる?」と
ある人に言われて、言葉に詰まった。

そう言われても、どう助けてもらいたいのか
わからなかった。
というよりも、自分ひとりで何とかするのが当たり前で
助け・協力を乞うこと自体を思いつかなかった。

そうだ。
前に見た夢も、今回見た夢でも
どうしよう、と考え動くだけで
「助けて!」と叫んでいない。

人のことは 助けたい、助けようとするけれど
人に助けを求めることが できない。
それが、わたしのパターンなのだった。

これで、さんざん、自分で自分の首を絞めてきた。

あまりにも はまり込んでいるために、
夢を検討した時にも 気づかなくて、
今になってわかった・・・
やはりこのパターンかいな・・・

・・・・・

前回の夢について、考察している際に浮かんだ
メッセージは、こうだった。

真のあなたは、困難と感じられる状況の中で 
どうにもできない無力な存在ではない。
また、実は なんでもないことを困ったこと(問題)
と捉えなくてもよい。
夢では、なにもしなくても水は引いた。
怖がっていたら水が増えた。

どうしたらいいか困ったときは、助けと答えを求めてほしいし
感情はよく感じて認めて、預けてくれればいい。
預かったら取り消すし、また、
「じぶんと相手の真の姿を見たい」と頼んでほしい。


・・・このとき、ちゃんと言ってたじゃんねぇ、聖霊。
「助けを求めてほしい」って。

それなのに、もう忘れていて
自分で何とかしようとしていた。
どっぷり自我にハマっていたよ・・・(^_^;

もし、夢の中で助けを求めることができたら
誰かが やさしい口調で
「これは夢だよ」って 教えてくれたかもしれないね。

・・・・・

ところで、先日の夢でわたしが助けたかったうちの一人は
小学校に上がる前ぐらいの男の子。
いたずらざかりで元気な年頃なのに
無表情でおとなしすぎて子供っぽくなかった。

この子を救いたかった。
無邪気で元気な いたずらっ子であってほしかった。
自分の中の、その男の子をよみがえらせたい・・・

・・・・・

これから先は、聖霊とも、周りの人たちとも
共同作業として思いを分かちあって進む道しかない。
自分の考えで、ひとりで何かをしようとしても
道はひらけない。・・・と思う。

「それはいやだ」と言う自我は、かなりしつこい。
絶対にそうはさせない、と抵抗する(ように感じる)。
でも、自我にはそんな力はないし、
そもそも存在しないのだから、きっと大丈夫。

・・・・・

「何をしてあげられる?」と聞いてくれた人は
その時まさに、人の姿をした聖霊だったと思う。
その人が、その人の聖霊的な側面で話してくれていた。

わたしの自我的な心の部分は、その話を聞くのは辛かった。
心配を迷惑をかけている、
自分はそんな存在だと認めたくないし
長年染みついた習慣を変えるのはキツイんだよ・・・

聖霊的な心の部分は、喜んでいた。
話の内容、言葉としての形がどうのこうのでなく
気持ちが嬉しかった。

・・・・・


それで、ここでも、言いたいんだけれど・・・




ありがとうね。

たぶん70年前は かなりのいたずらっ子だった

おとうさん。


【夢日記】友人と眠って夢を見ている

2013.02.20(Wed)



今朝の夢。


誰か友人と(実在しない人)何かをしている。

そのうちに目が覚めて
「夢だったのか」と思う。

わたしと、その友人が
布団を並べて眠っている場面が見える。

「それぞれが眠って
 同じ夢を見ていたのか」と思う。




美和子



【夢日記】上ったり下りたり/避けているもの

2012.11.22(Thu)


今日の夢。

目的の階(部屋)へ向かってエスカレーターを上っていたら
遊び心が起きて何気なく
となりの下りのエスカレーターに飛び移る。
そして「間違えた」と気づいて、
着いた階から上りに乗り換える。

目的の階の一つ下の階で エスカレーターは終わる。
上の階へは、階段かエレベーターで行く。
一つだけだから階段でもいいか、と思いながら
エレベーターがちょうど来たので乗る。

ひとつ上の階には、なかなか着かない。
エレベーターはシースルーで、外が見える。
キャラクターをあしらった楽しそうなエレベータが見え
「あれもいいな」と思っていると
エレベーターは、地上までななめに下っていく。

着いたところは、西部劇のセットのような
アトラクションになっていて
そこでは、役者が撃ち合ったりする演技をしている。



夢が表すものは、まず、
夢を見た人がどう感じるか、
その人にとって何であるか を見ていく。
夢の文脈をつかみながら、何を意味するかを受け取りる。

一般的な解釈としては
「上昇」は、適切 な方向へ向かっていて
「下降」は、不適切 な方向へ向かっている、といわれる。

しかし、自分の夢を読む際は、早急に これを当てはめる前に、
夢の内容・文脈や 自分の現状を照らし合わせ
意味するものを受けとってみる。
この夢では、「上昇・下降」は「適切・不適切」という
一般的な解釈でいいと思う。

わたしは夢の中で、行先は上の階と決めているのに、
何かに気を取られ、そのたびに下に 下りてしまう。

そのうちに 殺しあう西部劇の真っただ中に来て、
「これはアトラクションだから怖がる必要はない」と知りつつも
「なんでココにいるんだろう」と、我に返る(笑)

夢の中の 建物の階によって、今必要なことがわかる。
2階なら 何かと何かのバランスをはかる、
5階なら 現状を変えるなど。

今日は、わたしがめざしたのは8階。
わたしの持つ夢辞典では、性・お金に関わる階だ。
もっと抽象的に言えば、無限(∞)の創造性 と関わる
と言えるかもしれない。

目的の8階(部屋)を避けたい怖い気持ちがあって
いちおう向かってはいても、
無意識に何かに気を取られることで 
そこを避けるように何度も「下りて」しまったように思う。

「避けているもの」というのは、
表面的には不快なことであり、それに関する心の傷が
あったりすることだと思う。
傷は幻想ですが、怖く感じる。

けれど、だからこそ、そのことに関わると
好ましい変化が起きたり、幸せを感じたりするもの
でもあると思う。

幸せになる、幸せを感じる ということは、
自我(幻想の自分)の存在が危うくなるということ
だからこそ自我は、他に気を取られるもので誘って
生き延びようとする。

怖くて避けているものについては
「幻想だから怖がる必要はない」と自分に言い聞かせても
具体的な「行動」を起こそうとすると、腰が引ける。
「また、過去のようなことが起こったらどうしよう」
と、怖くなる。

でも、まず一番にすることは「行動」ではない。
どうも、それを忘れがちだが。。。

その幻想(悪夢)をよく見ること。
感じているちょっとした不快さも見過ごさないで
幻想を終わらせることが、なすべきこと。

怖がっているものを今一度よく見て
これで幻想を終わらせると決め、
感じなおしてみて、それを聖霊に渡す。

そうすると、今まであった怖さ・コダワリが薄れ
行動も軽やかになっているかもしれない。

聖霊は、どっちみち夢(幻想)なのだから
深刻になりすぎず、
楽しんでそれを手渡してくれればいい、と
言っているように感じる。
この夢だって、なんだか滑稽で笑えちゃう。


美和子


プロフィール

美和子(Miwako)

Author:美和子(Miwako)
美和子です。奇跡のコース学習者として 記録したいことを綴ります。

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